佐伯は、目を離さなかった。

ただ真っ直ぐに、彼を見ていた。


窓の向こうのトキは、アップテンポの曲に合わせて体を揺らし周りのメンバーを見渡しながら、楽しげに笑顔を見せ、生き生きと歌っていた。


その姿には、私も目が離せなくなる。


…音楽は、彼を変える。


彼が歌う姿を見るたびに、私はそう思っていた。


いつもはほぼ無表情か、不機嫌そうな顔をしているトキも、ギターを弾き、歌い出すとまるで別人のように変わる。



背後に視線を向けると、佐伯は固まってしまったように、そこから微動だにせずにただじっと視線を前に向けている。


突然、すべての音が止んだ。


視線を前に戻すと、トキが抱えたギターを肩の上辺りまで上げ、勢い良く振り下ろすのが見えた。


次の瞬間、ギター、ドラム、ベースすべての音が重なり、静かな廊下に轟く。
びりびりと、耳に爆音が響いた。


再び、静寂が訪れる。
私はさっきよりも激しさを増す胸の高鳴りに冷や汗をかきながら、後ろに立っている佐伯を振り返った。


彼はやはり、しずかにドアの向こうを見つめていた。




――沈黙を破ったのは、勢いよく開け放たれたドアの音だった。


その音に思わず肩が跳ね上がり、前に向き直る。
全開のドアの向こう、ギターを抱えたまま目を見開いたトキがいた。