「ほら」


頭上から投げやりなその声が聞こえて、俯かせた顔はそのままに、視線だけ上に向ける。
ゆらゆらと揺れるイルカが、きらきらした瞳で私を見つめていた。


顔を上げて、こちらを見下ろすその目を捉える。


不機嫌そうな表情
摘むように目の前に出された音楽室の鍵。


「何じろじろ見てんだ」


……そう言って眉を寄せた佐伯は小さく舌打ちをすると、机の上にのせていた私の手を取り、そこに無理矢理鍵を捻じ込んで自分の席へと戻っていった。


その背を見ながら、ため息を吐く。



何だか、いつもよりも態度がきつい気がするのは気のせいかな……。


目線を落として、自分の掌に収まるイルカを見る。

澄んだ瞳がこちらを真っ直ぐに見つめていて
なんだかものすごく、切なくなった。


―彼は今でも、トキのことを許していない―


昨日のハチさんの言葉が、頭の中でぐるぐると回る。


トキの過去と関わった佐伯。
消えない記憶。


あの日

トキをにらみつけた、佐伯の鋭い目。


……私はまた、他人の“傷”に


触れようと、している。