「おかえりー」
軽音部のドアを開けると、そこにはニヤリとした笑みを浮かべて立っている恵さんがいた。
それに軽く会釈すると、柔らかい笑みを向けられる。
…私の横に立っているトキからは、何故か険悪なオーラを感じたけれど。
トキは小さく舌打ちすると、ピアノの上に、ハチさんから預かったルーズリーフを乱暴に投げた。
それに目を見開くと、横を誰かがすうっと通り過ぎて――ルーズリーフを指先で摘むようにして取り上げた。
「おや…」
と、首を傾げて、それを見ている人物は、…勇太さん。
勇太さんはトキのほうに向き直ると、また少しだけ首を傾げて言った。
「……珍しいな。トキ、お前、楽譜見ないだろ?…いつも耳コピじゃないか」
ガシャアアン!
突然鳴ったその音に、反射的に耳を塞いで音のあったほうに視線を向けると、ドラムのステッキを持ったトキ。
その目の前に置かれたドラムセットに、それを叩いた音なのだとわかる。
トキは眉間に深い皺を寄せて、苦々しげに言った。
「……始めるぞ」
―……本当に
この人は、謎だらけだ。

