「純粋な気持ちを忘れたわけではないと、僕は思いますよ?」




愛空のお父さんは、テーブルに肘をつき、アゴの下で手を組んだ。




「…そう思いますか?」




「…きっと、それが大人になるということなのではないですか?」




「大人になるということ…ですか?」




「はい。彼を嫌いになったわけではないと思います。でも絢音先生は、その彼が選んだ人生ならどんな人生でも受け入れられる、でもその人生を一緒に歩んで行けたら一番いいと思うでしょう?」




「それは、はい…もちろん」




「きっと長い間、忙しさに身を任せて、彼への想いを抑えつけていたから、きっと…何か物足りなさのようなものを感じるのではないですか?」




そう言って、愛空のお父さんは、どこか寂しげに窓から見える空を見つめた。




「絢音先生…、人間というモノは、慣れることに慣れてしまうんです」




慣れることに


慣れてしまう……




蒼と別れてから

蒼への想いを無理に抑えつけてた



でも時間は流れて



蒼への想いを抑えつけるということに慣れてしまった…




「あなたは自分の人生を歩まれている、彼もきっと…そうだと信じて逢いに行っても良いのではないですか?」




「でも…」




「絢音先生がご自分を大切に出来る大人になったからこそ、幼い頃よりももっと上手に彼を愛せるのでは?」




「そう…思いますか…?」




「僕と妻はまだ幼いまま、愛し合いました。いまならもっと…上手に愛せるのにと…幸せに出来るのにと…そう思います」




「愛空ちゃんから、少しお聞きしました…」




空を見つめていた愛空のお父さんは、あたしを見て穏やかに微笑んだ。




「私は妻を亡くして8年になります。一緒にいた時間はすごく短くはありますが、僕は彼女に大切なモノをもらった気がします」




そう言ってもう一度、青い空を見つめた。