夏に母が怪我で2ヶ月入院していた時には、 病院食がクチに合わないと言う母に、煮物を作っては持っていき、 家事をこなしていたね。 私も働いてないから、私がやるよ?って言っても、母の病院に行くといつも その傍らには、父がいました。 家から病院まで、そんなに遠くは無かったけれど、暑い盛りに、空色の自転車で ほぼ、毎日、母のそばに。 父の愛車の『空色の自転車』が、2月にも活躍していたのを知るのは ずっとずっと、後になってからの事でした。