さて、私は仕事も地位も失ったわけだが。
パソコンに向かうユキ君、本を読む要冬真。
ソファーの反対側に移動して横になってみたが、特に変化は起きない。
そこから見えるのは机、ユキ君の真剣な表情。
海ちゃんが、毎回このソファーに横になるのはユキ君を見る為だったのだろうか。
後ろの窓から見える中庭の風景は、綺麗なものだ。
例の葉桜はここからだと枝先しか見えないが、彼女はまたあの場所で寝ているかもしれない。
『“迎えにくるのが、なんで慧じゃなくてトーマなの”って』
なら、今も、桜の木の下で待っているのは…。
「わっ!!」
私がソファーから立ち上がると、ユキ君がビクリと肩を浮かしてパソコンから目を離してこちらを見上げた。
要冬真は驚きもせず、ゆっくりと顔を上げる。
「ユキ君!!!」
ギラッと照準を彼に合わせるとまた肩が揺れた。
手元は完全に止まってしまっていて、キーボードの上に指先が控え目に乗っている。
「海ちゃん!探してきて!」
「…は?」
「探してきて」
テーブルに両手を付き障害となるパソコンを強引に引き寄せユキ君から取り上げた。
固まっている彼に、もう一言。
「生徒会だよりは、私がやるから」
しばらく黙って私を見上げていたユキ君は、意味が解らないと言うようにため息をつく。
「どこにいるかなんて、わかりませんよ俺」
「本能のままに!」
私が親指を立ててウインクをすると、本気で嫌そうな顔をしたユキ君は、生徒会室から出て行った。
扉が閉まる音と、品の良い足音が遠ざかり本日何度目か解らない沈黙が室内に広がる。
待っているなら、一度くらい。
私が背中を押してもいい。
何度も何度も、約束のない待ち合わせ場所で待つたった一人の女の子を、喜ばせてあげたかったから。
「おい」
私が自分の行動に満足してパソコンでも触ろうと画面を自分の方へ合わせると、途中から存在を忘れていた男の声が聞こえた。


