「…というのは…私とユキ君が両想いになるとかそういう…」


恐る恐る私が口にした言葉に大きく一度頷いてみせた海ちゃんは、遠くのユキ君を見つめたままだった。



「いやいや、ユキ君私の事人間以下みたいな扱いするから、何かミジンコ的な?単細胞生物的な?人間と単細胞生物は恋愛出来ないから、大丈夫だよ」




確かめるように彼女を覗き込めば、目だけこちらを向けてから小さな体をゆっくり動かして私を見上げる。


「あたしね、昔ともだち一人もいなかったの。トーマの事とか、そーゆーのがあって誰も話し掛けてくれなくなったから」



遠くで、少しだけ盛り上がったハルの声が聞こえた。
ダーツで良い点数を叩き出したようだ。


「授業をサボってたらね、慧が来て“花櫛さん、授業をサボるのいい加減にしたら”って。それまで誰も、あたしが何しても何にも言ってくれなかったのに」




ユキ君らしい、物の言い方だ。



「慧だけだった、普通に話して、怒ってくれて、呆れたって、それでも一緒に居てくれたの」



やんわり笑みを浮かべる彼女は、恋する女だった。
普段だって整った顔立ちなのに、そんな風に笑ったらきっと誰だって好きになってしまう、そんな表情。


恋をしたことがない私には判らない、何を想って笑うのか苦しむのか悲しむのか喜ぶのか。



「そうなんだ」



呟くと、海ちゃんはそろりと手を伸ばし私の頬に手を添える。



「これが“恋”だって気付いたのはね、トーマのおかげなんだー」



トーマ?




そう言えば、ヤツの好きな人って…。




「あたし、それから意味もなく時々授業をサボるようになってた。今までは自分がいたたまれなかっただけだったんだけどね、なんか違ったの」




私が彼女の栗色の髪をゆっくり梳いてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。




「“迎えにくるのが、なんで慧じゃなくてトーマなの”って。嫌な女なの。あたし」





その言葉が、妙に重く感じた。