頬から顎にかけて、何か冷たいものが通るのを感じた。

脳だけ宙に浮いたような感覚は、風邪をこじらせて寝ている時のそれ。



私、なにしてたんだっけ?





“…、鈴夏”




誰かが耳元で呟く音がする。
ふわりと香る香水の匂い。


心地よいアルトの声、柔らかくしなやかに発せられた音程は、気持ちの良く脳に響いた。






「愛してる…、鈴夏」






“あいしてる、すずか”







「ギャーーー!!!!」






今!今有り得ない奴の、有り得ない発言が聞こえた!!

全身に鳥肌が走り、叫び声を上げずには居られなかった。

上半身が跳ねる。
殆ど自動的に飛び起きた、恐ろしい夢を見た時の様な感覚。





「…、あ…」





それは、自宅のベッドの上でも病院の一室でもない。


舞台の、真ん中。



静まり返った場内は、息を呑んで此方を見上げていた。




しまったぁぁぁぁ!気絶してたぁぁぁ!




逃げだしたい!
今すぐ家に帰りたい!

しかし、それこそ舞台が台無し。

いや、私が叫んで飛び起きた時点で台無しだが。

これで、これでせめてロミオが死んでいれば無理やり話をこじつける事も…




まだ生きてるぅぅぅ!




一点の曇りも無い眼が二つ此方をガン見してる!

ぜ、絶対怒られる。
嫌だどうしよう、もう一回死んだふりしたほうがいいかな、何事もなかったように体倒していいかな。


ででででも、なんか言わないと!


セリフセリフセリフ…。



私がグルグルと何かセリフが無いものかと探していると、要冬真がにっこりと笑うのを視界の隅で捕らえた。



「ジュリエット」




名前を呼ばれて反射的に奴を見る。
大丈夫だ、まだ怒られない。
芝居をする目だ。




「やはり、生きておられましたか」






…ん?