何度も何度も、私は体を扉にぶつけた。


もう、時間的に演劇はラストシーンに入っているはずだ。
どうなっているだろう。

代役を立ててストーリーが進んでいればいい。


いや、それでも私が早く戻ってみんなに謝らなければならない。





早く、早くしないと。






何十回目かのタックルで、錆びれた汚い金属の音と一緒に、小さく木がしなる音が聞こえた。


これは…!いける!


私が動き回ったお陰で静かに散らばっていた埃が殆ど舞い上がって空気が少し澱んでいる。

ここにずっと居たら、肺の中が埃だらけになりそうだ。


私がもう一度、扉に向かって体ごとぶつかると先ほどより大きな音がした。

木材に、ヒビが入る独特の少し湿った音。





私がもう一度、と扉から離れると遠くで人の声と地面が擦れる音が聞こえた。


誰か、こちらに近付いてきている。


助かるチャンス!!


「ちょっとー!そこの誰だか知らない親切な人!ここ開けてー!!!」


扉に近付いて、私は拳を何度も叩きつけた。

私の声に気が付いた足音の主が、此方に近付いてくるのが聞こえ、私の名前を呼んだのだ。



「鈴夏さん?」



この声は…!
久遠寺くん!

よく知った声に、私は思わず歪んだ口調で助けを求めた。






「怖いの…、助けて…」






泣いてしまったと、錯覚した。

それ程自分の声色は震えていたから。
知った誰かが居ると言うだけで、緊張の糸がほどけて忽ち腰の力が抜け汚い地面に崩れ落ちる。

慌て目元を擦ったが、涙は出ていなかった。



暗かった倉庫に、小さな光が差し込んで瞳孔が痛いほど小さくなる。



「鈴夏さん、大丈夫ですか?」



息のあがった彼の声。
久遠寺くんはしゃがみこむと私の肩に手を置いて、軽く二・三度叩く。

少しだけ、泣いてしまった。


でも、それ程安心したから。


思わず彼の首筋に飛び付くと、耳元で少しだけ笑うような素振りを見せて、私の背中を優しく撫でたのだ。