「…かさん!鈴夏さん!」


「うわ!ごめん何彩賀さん」



完全に自分の世界に入り込んでた…全然気付かなかったよ。

舞台袖への移動指示が出たようで、みんなでゾロゾロとそちらへ移動する。

彩賀さんは、少し困った顔でこちらを覗き込んだ。



「本当に大丈夫ですの?あんな量、水道の水なわけありませんわ」


「あ、やっぱりバレるよね。トイレ入ってたら上から水が大量にさ、ザパーっと」


「そんな、嫌がらせではありませんか…!」


少し声を荒げた彩賀さんを両手で止める。


「大丈夫、大したことないし」


私が笑うと、彼女は少し怒ったように腕を組んだ。
表情が体全体に出る人のようだ。



「大丈夫じゃありません!まだ衣装も全然乾いてないですし…、風邪引きますよ」



「嫌がらせを物ともしない馬鹿は風邪引かないって、知ってる?」


「そんなの、頭の悪い人の理論ですわ…!…あれ」


「ほら、だからね」





私は彼女の手を軽く握りしめた。
すると彼女は恥ずかしそうに笑ったので、こちらも釣られて笑顔になる。


「衣装を作ってくれた彩賀さんの為にも、脚本を書いてくれた吉川さんの為にも、監督やってくれた委員長の為にも、演出を頑張ってくれてるハルの為にも、協力してくれたクラスのみんなの為にも…、不本意だけど演技指導してくれた要冬真の為にも、私頑張るから。見てて」


「鈴夏さん…」


「水を掛けられるってね、大した嫌がらせじゃないよ」


「私…」



「ん?」


突然俯いてしまった彩賀さんが、いきなり顔を上げて一言。



「惚れ直しましたわ!」


「…、あ、そう…」



嬉しくない…。



「桝古くんが嫌がらせを心配して、鈴夏さんについて回ってるのは薄々感づいていましたの」


「え!それでハルあんなだったの?」


「私も、出来る限り鈴夏さんを御守り出来るように努力しなければ…!」



「いや、そんなことしなくても…」




何はともあれ、本番はもう目の前だ。