風は静かに流れていく。
どう答えようか迷っていると久遠寺くんは笑った。
「無理やり結婚させられるの?」
「まぁそんな所です」
金持ちの世界って、本当にそうなんだ。
眼鏡の奥のゆったりとした瞳がこちらを捉える。
それは運命に従う目か、それとも抗う目か、どちらにも見えた。
「知らない人と?」
「知らないわけではないです」
「そっかー、でもそれが運命とは限らないっしょ?断るのが、運命かも」
「そう言われば、そうですね。鈴夏さんならどうします?」
「え?私?」
私、かぁ…例えば同じ商店街の中華料理屋の息子と結婚とか?
あそこの息子アブラギッシュなんだよなぁ。
想像すると気が引ける。
「好きになったら運命!好きにならなかったら試練と見なす!」
「単純ですね」
「だって、思い付かないんだもん」
「でも、私あなたのそういうバカっぽいところ結構好きですよ。」
久遠寺くんはさらりと私の頭を撫でてもう一度台本を開いた。
あれ、今何気にバカにされた?喜んでいいのかな?いいのかな?
「話がすっかり脱線してしまいましたね、冬真相手だと本気で好きになってしまいそうなんでしたっけ」
「違っ!それはあいつが勝手に…」
「好きになればいいんじゃないですか?」
「はい?」
暗い話から一変して明るい話題に移った瞬間これだ。
むしろ好きになれなくて悩んでるくらいなのに好きになれ?
嫌いな胡椒に胡椒振って食べろと言っているようなものだ。
「恋は思い込みから始まるとも言われていますし。演技が始まれば冬真を好きになる、それでいいんです」
「そんな、なんて難しい…」
「現実から目を逸らすのも重要だと思いますよ」
意外と酷いことをサラリと言う久遠寺くん。
暗に“要冬真は性格に難がある”と言っているようにも聞こえる。
「目を逸らす…か…」
「私に言ってみてください」
「は?」
「練習相手に、なって差し上げますから」


