忘れていた似非紳士の言葉は、あの時確かに、私を決心させたのだ。

無言で要冬真に向き合い、ジッと顔を見上げると彼は優しい声で答える様に返事をした。




「私、アンタの事…」



沈む様に上下する心臓。
想いを伝えるのは初めてではない。
でも、口にして貴方が嬉しく思ってくれるなら。
私の心が少しでも伝わるのなら。




「好き」




恥ずかしさなんて、捨ててやる。





口にした想いはあまりにも小さかった。
だけど二人だけの部屋に響くには十分で、やっと動き出したかのように秒針の音だけが聞こえてくる。

あまりにも唐突すぎたのか、私からそんな言葉が出るとは思わなかったのか珍しく驚いたように無反応の彼が数回瞬きをした。


その音さえも、聞こえる程近くにいたし、聞こえない程体の奥が煩い。


「すず…、」




ゆっくりと手を伸ばし、高さを補うように引いたネクタイで屈んだ彼の頬に手を置いて、静かに口づけた。


私には大人のキスなんて出来ない。


子供騙しの様な幼いそれだと、笑われるかもしれない。

緊張で手が震えても、控えめに歯がぶつかっても、唇が触れるだけの生温いキスでも。
彼がどんな顔をしているのかも、生憎目を瞑っていて分からないが。



それが私の精一杯の、気持ちの伝え方だった。




時間がどれくらい経ったかなんて分からない。
ずっと長い間触れ合っていたのかもしれないし、ホントはほんの数秒だったのかもしれない。