だから入らないで、目がそう訴えていた。
何かあるのは明白。
それも、何か計画じみたモノが見え隠れしている。




――…ぶち壊そうと、してるのか




この婚約を。

そんな事をしてみろ、旦那様がどれだけお怒りになるか判らない。
私の役目は、元々彼女を結婚させるために派遣された彼女流に言えば“敵”なのだ。


部屋の奥で、一つしかない窓が豪快に開く音と二人の言い争いが漏れてくる。



逃げようというのか。
この場から。



ノブの上から阻止するように重ねられた小さな手を跳ね避けようと顔を上げれば、それに気付いたのか彼は扉の前に立ちはだかる。



「おねがい、おれの話きいてよ」


悲しそうな表情。

潤んだ眼差しと視線が合った瞬間、脳裏によぎったのは口の悪い可愛い可愛いお嬢様。


自分と違って喜怒哀楽が激しく忙しなく表情を変える彼女は、ここ数日間笑っていない。

ずっと怒りっぱなしだ。


自分にも原因があると分かっていながら何も出来ないのは、どうしようもないから。



でも、旦那様に逆らう事なんて…。




『ギブアンドテイクね!』




――…私は




『あんたは私の執事だろーが!』



――…彼女の執事で




『深月さん』




――…彼女の、笑顔が見たい




自分のぶっ飛んだ思考回路に、思わず溜め息が出た。
私の異変に気付いたのか“春貴様”が不思議そうにこちらを見上げている。



「…、で、ロミオとジュリエットは結局成功したんですか?」



仕方なしにそう言うと、彼は私に花が綻ぶような笑顔を見せて胸に飛び込んできた。
正に花が咲く瞬間を見たような気になり最近少しだけ豊かになった表情が頬を緩ませる。



「うん!技術学芸会実行イインチョーのお陰でね!あ、でもソイツがまたヤッカイでさー!」


まるで自分の事のように話す彼の話に耳を傾けながら、私は見えるはずもない扉の向こうを見た。



――…私は、鈴夏様の執事ですから。主が笑っていなければ意味がないのです



そう、執事を辞める理由を考えながら。