「それでねぇ、リンってば…」





『…か…、…!』






「わーまた喧嘩してるよ、あの二人」


金色に近い明るい髪が、クルリと外に跳ねていてせっかくのスーツが台無しだ。
私は丁寧に直してやりたい衝動に駆られながらも、そうですね。と当たり障りの無い返事をした。

要財閥の坊ちゃんと華道の名門桝古家の坊ちゃんが控え室にやってきたのはつい先程で、どう言うわけか“春貴様”は部屋に入ろうとはせず私に自分と彼女の馴れ初めを語っている。



「全く懲りないなぁー!あれ、なんの話してたっけ?」


「鈴夏様が“アンドレ”と言った所までです」



「あーそうだ!それでねぇ、おれがとうまのお面被って練習してあげて――…」




彼の話を聞きながら背中の奥にある音にも耳を傾ける。




――…彼は、お嬢様の元へ行かないのだろうか




そう考えてみて、行き着く答えは一つしかない。
要財閥の坊ちゃんが、昨日あの子が言っていた“アイツ”なのだ。
つまり、想い人。



――…まだ17なのだから恋愛なんて早いです



そもそも、今日行われる婚約会見だって個人的には不満で仕方ないのだ。
まだほんの子供が、結婚なんて。


執事の立場でなかったら、きっとそう反論出来たのに。



頭の中の葛藤を打ち消すように、二人が居る控え室から大きな物音が聞こえて体に緊張が走る。
何かあったのだろうか。


しかし躊躇っている場合ではない。


扉を開けようと振り返りドアノブを掴むと、その上から覆い被さるように私より一回り小さい手が乗っかった。

子供の手。


きっと鈴夏様と変わらない大きさの。

だからか、一瞬彼女の手と錯覚し扉を押すのを躊躇ってしまった。


彼女に“開けないで”と言われているようで。


その小さな手を追って顔を上げると、困ったように顔を歪ませた男の子がこちらを見上げていた。



「ダメ」



大人が粗相をした子供に怒るような、それでも彼らしい高めのテノールだ。



「おねがい、おれの話、さいごまで聞いて?」