「…、お前俺を怒らせたいのか」


想像した自分を責めつつも、湧き出た怒りをぶつける場所が見つからず、とりあえず秋斗を睨みつけると、彼は待ってましたと言わんばかりに目を細めてみせた。

秋斗の動じる事がない精神には感服してしまうほど。




「まさか、でも冬真の結論はそこに行き着くんですよ」




「神経逆なでするような事、お前がいうからだろ。別にとめやしねーよ」


彼から顔を逸らして吐き捨てるようにそう言うと、意外にも呆気ない言葉が返ってくる。




「あーそうですか」





「あいつが幸せになれば、いいんじゃねーの」



苦し紛れの、選択だった。
揺れ動く嫉妬心や独占欲の奥底に潜む、小さな小さな感情。



「あなたらしくない」



ホント、俺らしくない。




「明後日ですよ」



「分かってる」



間髪入れず吐いた言葉に、秋斗は神妙に顔を歪ませてから俺の視界から消えた。
ゆったりとした足音が遠のき、錆びた鉄の擦れ扉が閉まる。


やっと一人。



妙に響いたその音に振り返る事もせず、俺は空を仰いだ。


「えぇんかなぁ、そんなんで」


一瞬、もう一人の自分だと錯覚した。
しかし聞き慣れぬ関西弁の主は俺の知っている中では一人しかおらず、また厄介な存在。


振り返ると、屋上の入り口脇から続く錆色のハシゴの上の小さな空間で、両肘をついて腹ばいになり此方を観察している、銀色の猫が居た。



「たちわりぃな、盗み聞きなんて」



少し声を張り上げて、そいつに聞こえるようにしてやれば、不意な風に揺られ耳元がキラリと光る。
星南右京。
目を細めて笑うその姿は、何となく枝の上からアリスを見下ろすチェシャ猫のようだ。



「なんやみんなして、一年の入学式の翌日からここは俺んの特等席やで。あんたらが勝手に話しただけやん」




遠くからでも分かる拗ねたような表情。
飄々として掴み所ない、猫のような男。
しかし意外にも丁寧にハシゴを一段一段降りる姿は面白いほど人間らしかった。



「なぁ、えぇんの?」