「頼もー!」


警備員に止められるのを無視して、私は最上階にある社長室、と書かれた扉をノックもせず押し開けた。


視線の先の、高級そうな机に広がった書類、黒い革製の椅子に深く腰を掛けてペンを持っていた義人さんがゆっくり顔を上げた。



「おー鈴夏ちゃん、待ってたよ」



えー!!
サプライズで来たのに全然驚かれてないし!
なんで君がこんな所に!的な台詞を期待してたのに!



「深月から連絡があってね」




あんにゃろ!
どこまであっちの味方なんだよ!





「まぁまぁ座りたまえ」



椅子から立ち上がった義人さんは、私をソファーへ誘導し隅に立っていたマネキンに向かって――…


「神宮、彼女にお茶を」



うはっ!


おっさんマネキンに話しかけてるよバッカでー!



「かしこまりました」




人間だったー!!!




黒スーツに真っ黒な髪、それなのに瞳はブルーがかった不思議な容姿。
肌は少し灼けているが、綺麗な顔立ちをしている。


私が入ってきたドアではないドアから違う部屋に入っていった。

綺麗な人だなぁ…。





「で、何の用だい?」



綺麗な執事を見送ると、向かいのソファーに義人さんが座ったので背筋を伸ばし両手を膝の上に置いた。

この人を前にすると、まるで反射のように体に線が入る。

嫌なクセだ。





「あの、私と久遠寺くんの結婚会見…」



「あーそうなんだよ!そういうのは早い方がいいと思ってね、明後日を予定して…」


「明後日!?」




明後日って何!?
明日の次の日!なぜにwhy!?


勇気を出すのよ鈴夏!
この笑顔の悪魔に、ガツンと!



「私は!」



立ち上がった拍子に膝を机にぶつけたが、痛みをこらえて大きく深呼吸をする。



「私は、“升条鈴夏”じゃなくて、“仁東鈴夏”です!」




驚いたように目を見開く義人さん、静まり返った部屋にドアノブを回す音が聞こえ、気配もせず入ってきた執事さんが動じる様子もなくティーカップを置いて去っていった。