ジワリと滲みた傷の痛みは、案外長引く。



――…痛い




背後から、階段を踏む足音が聞こえた。




「何の話してたんだよ、あいつと」



二人きりになった踊り場で、沈黙を破ったのは要冬真の鋭い視線。

何を話していたか、思い返して要約すれば、『婚約なんてクソクラエ』だが正直な所。



言いたくない。





例え学校全体にその話が広がったとしても彼には知られたくなかった。



「いや、特になにも、当たり障りのない会話で」


しどろもどろになりながら誤魔化すように顔を上げれば、神妙な顔でこちらを見下ろす彼の暗い目の色が見えて何も言えなくなってしまう。
今まで見た事も無い、要冬真らしくない色だったから。

息を吸ってみても何も思い浮かばない。



「俺は、案外ヤワらしい」



視線をそらして、心底嫌そうに彼はため息をついた。
それも、相当大きいものを。


え?ヤワ?どこが?突然何?

内臓が?
自分の内臓はメタリックだと思ってた?

神経は超合金で出来てるかもしれないけどね!



「いっちょ前に、相手の出方を見ていたらしいな」



「え?何?意味わかんない」



「ほらみろ」


「は?」


「周りには人一人いねぇ。それなのに、指先一つにさえ触れることが出来ない」


もう数分で授業が始まるのだろう、私の視界に映っているのは要冬真だけだ。



「俺は相当重症だ」



「ドクター!急患です!バイタル、痛!」


「うるせー行くぞ」


仕方なしに教室へ歩き始めた背中を追うように、私も歩き出した。


本当は、さっきの海ちゃんとの言い争いの内容を詳しく聞きたかったのに。

昔は聞ける勇気くらいはあったが、今はそんな気持ち少しも沸いてこない。



怖いのだ、あの子が好きだ、と言われるのが。
好かれたいと。
希望なんて、殆ど無いくせに。



――…これが、運命?




恋した瞬間失恋して、大切なモノを知って学びそして、歩いていく。


用意されたレールを歩くような。


この感覚が。