私と同じ段に足を乗せた葵は、鼻が付くほどまで顔を近づけ珍しく無表情になる。
どんなに怒っていても、笑ってたのに。


「それってさ、僕でもよかったってことじゃない」


視界いっぱいに、葵の長い睫毛が見えた。
その奥にある瞳には、私の濁った目が映っている。


「意味、わかんない」


「解らなくない、副会長のモノになるのも、僕のモノになるのも同じってことだ、鈴。お前が一番解ってるはずだよ」



葵は、昔から人の心を読み取るのが不幸にも、得意な人間だ。
だからこそ、恐怖心から取り入ってくる輩を見抜いて突き放してきたし、他人とは距離を置く事が多く基本的に一人だった。

相手が何を思っているのか、何となく、感づいてしまうから。


そんな風にして、一番深い所を見つけるのが上手い。


性格は歪んでいるくせに妙に真っ直ぐな瞳は、目を背けたくなる程、奥底を見極めている。



「もう、無理矢理僕のモノにしていい?」



目の前からその目が消えたと思うと、今度は力強く顎を掴まれた。
無理に上げられた顔を上から覗き込んで葵は満足そうに笑う。


「自分が手を出すと彼女が辛い思いをするって」



「は?」



「鈴はそんなに弱い人間じゃない」



そのままの体勢で脈略のない事を言い出した葵は、私を見てはいなかった。


「最後の一歩が踏み出せないくせに独占欲だけむき出しにするなんて、ただの我が儘だ。そうでしょう?生徒会長」



彼の見上げた先は、三階から此方に続く階段。
生徒会長、と言うのは生憎一人しかおらず誰がそこに居るかは明確だが、顎を押さえられたままなので振り向く事が出来ない。



「鈴は、周りから疎まれようが一人ぼっちにはならない」




もう一度、葵が私を見た。




「だって、お前は強いから」



「当然よ!なんなの今更」


「フハッ、単純、馬鹿、鈍感」

「はぁ?」


葵が、こんな単純な言葉で私の事を罵ったのは初めてだった。

「あーあ、僕も知らない間に、健気になったなぁ」


そんな事を呟きながら、彼は階段を昇っていった。