「着物キツイ!」



「文句を言っている場合ですか」



「んー…」



嫁姑の如く繰り広げられた1ヶ月は、いつのまにか過ぎていった。
気付けば10月中旬、空の青さに赤く染まった葉が揺れている。
升条家別邸の庭の紅葉が池に降りて、鯉がパクリとつつくのを見ながら、私は車の準備が出来るのを待っていた。


今日は、漸く升条家に挨拶に行く日。


社長に会ったら言ってやりたい事が沢山ある。


「鈴夏様、準備が出来ました」


「はーい」



立ち上がり深月さんの隣に並ぶと、無表情で、私の着物の襟を軽く直した。


「わかってますね」


「はい、あくまでお嬢様らしく、お淑やかに、人の意見は最後まで聞いてから、手は絶対に出さない」


私が彼を見上げると、満足げに頷いた。
最近は、深月さんの無表情にも色々パターンがあることに気がついたのだ。


「うふふ」


「どうかしましたか?」


「んーなんでもない」



車のドアを深月さんが引いたのでなるべく上品に乗り込んだ。


背筋は伸ばしたまま、足を揃えて、自分でもお嬢様らしくなったと思う。


「丁重に結婚の話も断って、親父と暮らすように交渉して、完全に縁を切る」


「寂しいですね」



「え?」



「私は升条家の人間ですから」


「いや!深月さんは別だよ!一緒に買い物とか行こう」


「そうですね」










第九章

見知った婚約者