私達は滲むような速さで歩き出した。
でも、バス停とは反対方向に。
なんて言えばいいかわからない。


本当は誤魔化す事だって出来たはずだ。
“離婚したんだ”とか“ここに墓はない”とか。
しかしあの、どこか確信を持った声色に首を縦に振ることしか出来なかったのは確かで、本当の事を知ってほしいと心の片隅で感じていた事も、残念ながら否定は出来なかった。


自分の事なのに、他人事のようにぼんやりとそんな事を考えながら歩いた。



「私の母さんが死んでるって、知ってたの?」



「お前の父親から聞いた」



親父が、そんなことを他人に話すなんて珍しい。
昨日はお酒も飲んでいたし、ポロリと酒の肴として出したのかもしれない。

盗み見見るように隣を歩く要冬真を見上げると、機嫌が悪いような、普通のような、中途半端な表情で私よりゆっくり、それでも同じ速度で歩いている。


「そっか」



大きな歩幅が視界の隅に見えて、隣に彼が居ることを実感した。
くっきりとした影が商店街を抜け、小さな脇道に入り、広い草原に出る。
簡易駐車場としても使われるそこに、車は一台も止まっていない。



「そういえば、昨日の7不思議の続きだけど“墓場に停まる黒塗りベンツ”っていうのがあるよ」



おどけるように高い声をあげて要冬真を見上げれば、なんだそれ。といつも通りの呆れた声が返ってくる。

いつも通りじゃないのは、この景色だけだった。
一面に並ぶ墓石は、数が多すぎて誰のモノかなんて解らない。

綺麗に掃除されているモノ、誰も来なくなり手入れさえされていないモノ、つい最近線香をあげたのだろう灰色の塊、聞いたことのある名前は恐らく赤の他人で、よく昔は芸能人と同じ名字の墓を色々勘ぐったものだ。


そんな中、唯一私が知る人物の墓が建っている。



“仁東”と彫られた、決して大きくはないそれは定期的に手入れされ小綺麗だ。



「私の、母さん」



重い墓石を、倒して遺骨を取り出せばいいのだろうか。
そうして形のないただの塊になった母を前に、私は懺悔すればいいのだろうか。