俺が風呂から上がり部屋に入ると、テレビを見ていただろう彼女が振り返って、ニコリと笑った。

こんな風に俺に警戒心のない笑顔を向けるようになったのはつい最近の事で、未だに慣れない。

冷房の風が頭を撫でていく。
八畳ほどの、俺からしてみれば小さい和室に、ちゃぶ台、本棚、押し入れと適当なものは全部詰め込んだという感じだ。

奥にはそれと同等のこじんまりしたキッチンが見える。

なんだか少し昔風の、映画を彷彿とさせるがそれは失礼にあたるだろう。
無意識に口を結んだ。




「ちゃんとお風呂使えた?狭かったでしょ?体つっかえなかった?」



下で、こちらを見上げながら楽しそうに人の不幸事件を期待しているだろう彼女の声が飛んだ。
失礼な女。
少しムッとして大丈夫だと答えれば、また目尻を落として溶けるように笑う。
やっぱり、慣れない。



「ありがとうございました」

俺はテレビと平行に寝転がる彼女の父親に目線を移して、小さくお辞儀をした。
今着ているTシャツと緩めのズボンは、なんだか運動会の景品でもらって使ってなかったというものらしく、それを拝借した礼も添える。



「おー!いいってことよ!坊ちゃんちに比べたら犬の風呂みたいだったかもしれん、ごめんな」


「いえ、そんな事は」


我が家の風呂と比べたら、まぁ正直月とスッポンくらいの差はあるが特に気にするわけでもない。
彼女が、生まれた時からいる場所。

俺はそれがどんな所なのか知りたかったから。




少し嬉しいくらいだ。





「鈴、てめぇも冷めないうちに入ってこい」


「はーい」



持っていたリモコンを夏樹さんに投げ、俺に座布団を一つ提供して彼女は立ち上がり部屋から消えていった。


俺がその座布団に座ると、部屋がシンと静まり返る。
お世辞にも大きいとは言えないテレビの中から、見知らぬ芸人が笑いを取る音が聞こえた。




「坊ちゃん」




空気に乗せるだけの、優しい声。
小さく返事をすると彼は横にしていた体をゆっくり起こし、テーブルに置いてあった一升瓶を持ち上げる。