尻尾を振る犬のように、笑顔を押し売りするマサの声が、私から後ろの男に移った瞬間途切れた。


『…』


『…?』


『夏樹さん!鈴夏さんを狙う不貞の輩が来ました!!!』


『なにぃ!塩振れ!塩だマサ坊!』


『了解しやした!うりゃぁぁあ』





「謝れ!」


どう回想してもお前が悪いわ!!!
一応いいとこのお坊ちゃんだぞ!塩まみれじゃないか!



これから焼くんじゃあるまいし!



私がマサに掴みかかろうと手を伸ばすと、それを阻止するように後ろから伸びた大きな手に捕まる。
それを追うように顔を上げると、外交スマイルを輝かせる要冬真が目に入った。




「鈴夏、俺は良いって。彼も悪気があったわけじゃないんだし、ね?」




誰ー!!


と、聞くまでもなくその手の主も声の主も、要冬真その人なのだがこの別人のような口調!

しかも…、なんで名前で呼ぶんだよ…。

うおぉぉ…恥ずかしすぎて死にたい!

誰か私をコロセェェ!




「…うん…」




心とは裏腹に、熱くなる目元を隠すように下を向いたまま頷くと、彼は満足したように鼻で小さく笑い、私の頭を優しく数回撫で回した。



「…っ!ごゆっくりどうぞ!!!」




何に痺れを切らしたのか、マサは大袈裟に足を踏み鳴らしながら厨房へ戻っていった。



「…、なにあれ」



「さぁな」



くくく、と楽しそうに喉を鳴らす彼を見上げて、私は誤魔化すように用意された水を一気に飲み干す。

名前で呼ばれたの…、技術学芸会以来だ。
というかあれは多分、私を起こす為に言ったセリフのようなものだったから。



“鈴夏”



なんでこんなに、ドキドキするのよ。
たかが名前よ!名前!



「へいお待ち!」


「うお!親父!びっくりさせんな!」


「あー?びっくりってお前がボーっとしてっからだろうが、ほら、食え!坊ちゃんも」


厨房から手が伸びてカウンターにラーメンが二つと餃子が置かれた。
ゴツゴツした手は、たかが半年ぶりなのにひどく懐かしい。



「いただきます」