あのボス猫…、何者だろう。
人を舐め回すようなあの視線、間違いなくあの子だった。
あれが、要冬真に対する執着だと思うと恐ろしい。
「やっと終わりましたか」
「うわぁぁぁ!吃驚した!」
背後に現れたバニラの香りは、なんの挨拶もなく現れた。
久遠寺秋斗、その人だ。
「大変ですね。お嬢さん」
まさに“秋”という言葉がぴったりの男だと思った。
少し赤みがかった長めの髪は、耳を隠して伸びている。
薄い縁のレンズから覗く奥二重の瞳はユルリと開かれていて色っぽい。
「それもこれも、あんたの友達のせいなんだけど」
「それは冬真の事ですか?」
紳士的で流れるような笑みで、彼はとぼけてみせた。
いやいや、嘘なんかつけなそうな笑顔でシラを切るな。
「大丈夫ですよ、ああ見えて見る目がありますし」
「心配してんのはそこじゃないから、つうか、これ返す!」
私は今朝方ハルから受け取った書類をブレザーのポケットに入れていたのを思い出し、彼に差し出した。
返そうと思って持っていたのだ。丁度良い。
久遠寺秋斗は一瞬目を丸くしたが、すぐ無表情に戻り渡した紙の内容を確認してため息をついた。
「しかたないですね」
私は、そんな彼の呆れたように発せられた言葉に不謹慎ながらも一瞬のうちに笑顔になる。
諦めてくれた!
「えーっと、お名前は…」
「仁東!仁東鈴夏!」
「“ニトウ”?」
「仁王像の“仁”に、東西南北の“東”!!」
敵が一人減ったと、私は上がる口角を隠せずに久遠寺秋斗を見上げた。
彼はというと、どこからか取り出したペンで紙に何か書いている。
“交渉不成立”
そう書いているに違いない。
「そう言えば貴方」
「はい?」
「私の名前知ってます?」
「…?久遠寺秋斗でしょ?なんで?」
「…、いえ」
久遠寺秋斗は、一瞬考える素振りを見せてからこう言った。
「副会長の名前くらい、書記として覚えておくべきでしょう?」


