「あはは、僕は面白いよ」


「誰が第三者の視点から感想を述べろと言ったよ」


暗闇に慣れた目が、葵のいけ好かない口元を捕らえて苛立ちを覚える。

背中には彼が離れて無防備になった扉があったが、従業員専用と言われてしまうと気が引けた。
とにかく私を追いかけてきた理由は無かったわけだから、さっさとそこをどいてもらいたい。




「もういいやどいてよ」



「駄目だよ用事はまだ済んでない」




葵は珍しく私に近付かず、目元にかかった髪を人差し指で外へ追いやる。




「鈴、生徒会長の事好きなの?」




首元にスルリと、青ざめるような寒気が走った。
葵は確かに笑っていたが、目の奥に感じたのは怒り。




――…好きじゃない




私は、誰も好きじゃない。
好きになっちゃいけない、それに――…





「鈴、夏樹さんはさ。鈴実さんが死んでどれだけ悲しんだと思う?」





いつか失うのは、怖い。







親父が、一度だけ見せた涙はあの日。
私のせいで母さんが死んだと初めて聞かされた日、泣きながら謝る私の肩を抱いた震える声。


『おとうさん、ごめんなさい、ごめんなさい』



優しかった親父が、涙を流す私を見て傷付いたように一瞬だけ、顔を歪ませたのを今でも鮮明に覚えている。
それから無理やり見せた笑顔も。


親父に、母さんを思い出させたのは私で親父を悲しませたのも私の目元から零れ落ちる、汚れた懺悔の言葉だ。



私より遥かに強い親父は、たった一人の人間を想い涙を流し、たった一人の人間の為に涙を殺したのだった。




失う辛さは、きっと身を裂くような思いなのに。





無理に笑わせたのは私。
泣いた私も、母さんの代わりに生まれてきた私も、みんな、嫌い。




「誰も好きになっちゃ、駄目だよ鈴」




泣かないと、決めたその日から。
一生消えない罪を背負って。
いつも言い聞かせてきた言葉がある。




「わかってるよ!そんなこと!だから…っ、好きじゃないし好かれたいなんて図々しいこと、思ってない…」