彼が口を開く前に飛び込んできた声は、ツカツカと歩いてきて私の前で急停止した。


彼女が着ているのは赤いチャイナドレスで、立襟に細身の布が足首まで伸びている。

スリットが腰骨あたりから深く入っており歩きづらそうな印象は受けない。


そこから覗く白い足と、踵の高いヒールが色気を引き立たせていた。



「おぉ、涼華!いやぁ父さんどうしても君の好きな子を見たくてね」





うわぁ…。
なんか、似てるわ。
顔の造り自体はそこまで似ているわけではないが、目元と意味不明具合は最早瓜二つ。

ということは、この人が日本の道場の頂点に立つ人間か。

逞しい筋肉を除けば雰囲気も表情も穏やか。


「というわけで鈴夏くん。うちの娘との子供を産んでくれないか」



えー…



「あら嫌だお父様!鈴夏さんとはキスもまだ…清い関係なのですからそんな…」



彩賀さん。
そこは顔を赤らめる所じゃないから。
生物学的に不可能だから。


そんな心の訴えが通じたのか終始様子を見ていた久遠寺くんは、勝手に盛り上がり始めた二人を尻目に私の腕を軽く引いて歩き出した。


と、とりあえず助かった…。



だいぶ遠ざかった所で久遠寺くんが振り返って掴んだ腕をゆっくり離して呆れたように笑ってみせた。


「あそこは親子揃って猪突猛進ですからね」



「詳しいね」



「うちの親と仲がいいんですよ」



初耳だ。
そりゃあ彩賀さんの事を良く知っているわけだな。
初めて彼女の事を認識した時、彼の情報は緻密に調べられたかと思うほどだったが、元々知り合いなのだと言われれば納得が行く。



「そういえば星南右京の事、聞きましたよ」


イベント棟の廊下で、浴衣の久遠寺くんとフワフワなスカート姿の私は異様に映っているだろう。
二人きりになるのは久しぶりだった。
右京との出来事の後は文化祭の準備で忙しく中々話す機会がなかったから、彼もここぞとばかりにその話題を振ったのだと思う。


「まぁ、私がびしょ濡れになっただけなんだけどね…、誰に聞いたの?」