「また来てなぁ」



引き戸を丁寧に開けた奈央さんは、店の外に出た私達に一つお辞儀をした後小さく手を振った。


「おぅ、また来るわぁ」


歩き出した右京の後を追いながら、片手に傘を持ち空を仰げば雨はすっかり止んで薄い灰色の雲が風と一緒に流れている。


相変わらず、蒸しっとしたような不快な肌触りはあるが私は比較的気分が良かった。


和菓子美味しかったし、抹茶も初めて飲んだし、奢ってもらったし。


私が上機嫌で彼の後ろを歩いていると、不意に前髪を束ねた赤いゴムが揺れた。



「公園、いかへん?」



右京が指差した先には、雨上がりで雫まみれの小さな公園。

ブランコと、シーソーと、ジャングルジム。


砂場にベンチ。


シンプルな公園だ。
塗装されたはずの遊具は所々剥がれて汚い木目が覗いており、金属は金属で完全に錆びている。

入り口を抜けて右京が真っ先に向かったのは、ブランコだった。



「ブランコとか、久しぶりやわ」


雨でグチャグチャになったそこに座るわけにも行かず、立ったまま小さく漕ぎ出した彼を見て、私も真似をするようにもう一つのブランコに立つ。


心地よい浮遊感は、懐かしかった。



「そいやぁさっきの話ん続きやけどな」


「うん」



「俺別に奈央が初恋ってわけでもなくて、奈央に相手にされてないって解った時な。“あーこれはCパターンやな”って思ったんよ」



「なに、Cパターンって」



「好きな女に彼氏が出来るパターンや」



理屈はよくわからないが、まぁ良しとする。

右京は膝を強く曲げて勢いよく漕ぎ出した。
ミシミシと音を立てて壊れてしまいそうだ。



「で。いざ、彼氏が出来るやろ?兄貴な。俺基本、人の女には興味ないやん?」


「知らねーよ」


「ないんよ。人妻とか、不倫とか、訳解らん」



108式と専ら噂の男は、人の物には興味ないらしい。



「それなのにな、どーしても。諦めつかんのや。可笑しいなぁ、ってな。ずっと考えててん。したら“好き”って何?ってなって」