◎
「もう、あるわけないだろう?」
デザイナーのトウセイ自身としゃべるのは、これが最初であることをハルコは知った。
きっと一度でもしゃべっていたら、忘れない記憶として、焼き付いていたに違いないからだ。
端正な外見と―― 針つきの舌を持つ男、それがトウセイ。
「いま、君に説明されるまですっかり忘れていたよ…そういえば、去年そういう話があったかもしれないね。ネギ臭い記憶だったけど」
トウセイは、マネキンの衣装を着替えさせていた。
普通、デザイナーがそんな作業をするものなのだろうか。
そうハルコは思ったが、口には出さなかった。
風変わりな人間であることは、すぐに分かったからだ。
「ええ、その点につきましてはお詫びいたしますわ…ですから」
「お詫び?」
ハルコが、別のドレスの話を。
あわよくば、ウェディングドレスの話を、と思っていたので、すかさず秘書時代に築き上げた話術で、話を切り替えようとしたけれども、その言葉の裾は、トウセイの足に踏み止められた。
「君が僕に詫びなければならないことなんて一つもないさ。第一、取り置きの期限を守らない人間なんて、そこの人以外にも山ほどいるしね」
そこの人。
要するに、メイのことだ。
彼女は、しゅんと小さくなってしまっている。
「大体、詫びるとしたら君じゃないだろう? まあ、エプロンの影に隠れて、代わりに母親に頭を下げさせる人間の方が、取り置きを守らない人間よりは、圧倒的に数が多いと思うけど」
メイとハルコが、親子であると思っているワケではないだろうが、そう揶揄する言葉は好意的ではなかった。
「あ、あの…その節は、本当に済みませんでした」
慌てて、メイが頭を下げる。
彼女が止めるより先に。
カイトがここにいなくて、本当によかったとほっとした。
もし、あのドレスの話を彼にしたら、きっとカイトが間違いなく彼女をここに連れてきたに違いない。
そうして、こんな姿なんかを見てしまったら。
修羅場は間違いなかっただろう。
こんなに逆なでるのが上手そうな相手なら、尚更だ。
「もう、あるわけないだろう?」
デザイナーのトウセイ自身としゃべるのは、これが最初であることをハルコは知った。
きっと一度でもしゃべっていたら、忘れない記憶として、焼き付いていたに違いないからだ。
端正な外見と―― 針つきの舌を持つ男、それがトウセイ。
「いま、君に説明されるまですっかり忘れていたよ…そういえば、去年そういう話があったかもしれないね。ネギ臭い記憶だったけど」
トウセイは、マネキンの衣装を着替えさせていた。
普通、デザイナーがそんな作業をするものなのだろうか。
そうハルコは思ったが、口には出さなかった。
風変わりな人間であることは、すぐに分かったからだ。
「ええ、その点につきましてはお詫びいたしますわ…ですから」
「お詫び?」
ハルコが、別のドレスの話を。
あわよくば、ウェディングドレスの話を、と思っていたので、すかさず秘書時代に築き上げた話術で、話を切り替えようとしたけれども、その言葉の裾は、トウセイの足に踏み止められた。
「君が僕に詫びなければならないことなんて一つもないさ。第一、取り置きの期限を守らない人間なんて、そこの人以外にも山ほどいるしね」
そこの人。
要するに、メイのことだ。
彼女は、しゅんと小さくなってしまっている。
「大体、詫びるとしたら君じゃないだろう? まあ、エプロンの影に隠れて、代わりに母親に頭を下げさせる人間の方が、取り置きを守らない人間よりは、圧倒的に数が多いと思うけど」
メイとハルコが、親子であると思っているワケではないだろうが、そう揶揄する言葉は好意的ではなかった。
「あ、あの…その節は、本当に済みませんでした」
慌てて、メイが頭を下げる。
彼女が止めるより先に。
カイトがここにいなくて、本当によかったとほっとした。
もし、あのドレスの話を彼にしたら、きっとカイトが間違いなく彼女をここに連れてきたに違いない。
そうして、こんな姿なんかを見てしまったら。
修羅場は間違いなかっただろう。
こんなに逆なでるのが上手そうな相手なら、尚更だ。


