冬うらら2


「もう、あるわけないだろう?」

 デザイナーのトウセイ自身としゃべるのは、これが最初であることをハルコは知った。

 きっと一度でもしゃべっていたら、忘れない記憶として、焼き付いていたに違いないからだ。

 端正な外見と―― 針つきの舌を持つ男、それがトウセイ。

「いま、君に説明されるまですっかり忘れていたよ…そういえば、去年そういう話があったかもしれないね。ネギ臭い記憶だったけど」

 トウセイは、マネキンの衣装を着替えさせていた。

 普通、デザイナーがそんな作業をするものなのだろうか。

 そうハルコは思ったが、口には出さなかった。

 風変わりな人間であることは、すぐに分かったからだ。

「ええ、その点につきましてはお詫びいたしますわ…ですから」

「お詫び?」

 ハルコが、別のドレスの話を。

 あわよくば、ウェディングドレスの話を、と思っていたので、すかさず秘書時代に築き上げた話術で、話を切り替えようとしたけれども、その言葉の裾は、トウセイの足に踏み止められた。

「君が僕に詫びなければならないことなんて一つもないさ。第一、取り置きの期限を守らない人間なんて、そこの人以外にも山ほどいるしね」

 そこの人。

 要するに、メイのことだ。

 彼女は、しゅんと小さくなってしまっている。

「大体、詫びるとしたら君じゃないだろう? まあ、エプロンの影に隠れて、代わりに母親に頭を下げさせる人間の方が、取り置きを守らない人間よりは、圧倒的に数が多いと思うけど」

 メイとハルコが、親子であると思っているワケではないだろうが、そう揶揄する言葉は好意的ではなかった。

「あ、あの…その節は、本当に済みませんでした」

 慌てて、メイが頭を下げる。

 彼女が止めるより先に。

 カイトがここにいなくて、本当によかったとほっとした。

 もし、あのドレスの話を彼にしたら、きっとカイトが間違いなく彼女をここに連れてきたに違いない。

 そうして、こんな姿なんかを見てしまったら。

 修羅場は間違いなかっただろう。

 こんなに逆なでるのが上手そうな相手なら、尚更だ。