冬うらら2

∞62
「お姉さん!」

 そう、聞こえたような気がした。

 リンは、はっと顔を上げた。

 魚市場から仕入れてきたばかりの新鮮な魚が、すでに店頭に並べられている。

 買い物客は、昼前に第一次ピークがくるが、こんな朝早くから魚を買いにくる人間はいないので、表の掃除でもしようかと思っていた時だった。

 箱の中に、閉じこめられたようなこもった声―― もしも、その声が本当であったとしても、物凄く小さな音量だったはずだ。

 しかし、リンには聞こえた。

 彼女の耳は、特別製で。

 5軒先の、柿の実が落ちる音さえ聞きつけてくる、と言われるほどの地獄耳だったのである。

 だから、自分の中で何よりも、リンは耳を信用していた。

 その声が、一体誰のものであるかさえ、この時の彼女ははっきり確信していたのだ。

 しかし、車のドアが開いて、見慣れた顔が飛び出してくるまで、信じることが出来なかった。

 メイが帰ってきたなんて。

 近所の町工場の娘で、母親を早く亡くしたせいで、リンのことを本当の姉のように思ってくれていた。

 リンだって、彼女のことが可愛いくて構っていた。

 親同士が、仲がいいというのもあったが、本当の家族のように育ったのだ。

 メイの父親が忙しい時は、一緒にこの家でご飯を食べたし、彼女の初潮の時に面倒を見たのだって、誰あろうリンだった。

 金貸しが、彼女を連れて行ったと聞いて、どれだけ心配したことか。

 どうにか、見つけられないかと調べてはみたものの、全然手がかりは見つからなかった。

 意を決して、旦那と二人で花街の方にも入ってみた。

 しかし、メイの名前を見つけることは、出来なかったのである。

 おかげで、少しは救われたのだ。

 名前を聞かないということは、『そういう危ないところに、いないかもしれない』という、最後の望みにすがることが出来たからだ。

 そうして、1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ―― 子供に、『メイおねーちゃんは?』と聞かれる度に、胸を痛める日々が続いていたのだ。