店を出てタクシーに乗ると、水野さんが静かに話しかけてきた。
「嫌な思いさせちゃったね、大丈夫?」
「いえ、あたしこそ、取引先の部長さんなのに怒らせちゃってすみませんでした」
あたしが恐縮すると、水野さんは首を振った。
「あの人、要注意人物なんだ。
納入するシステムに関しても、いろいろ難癖つけてきててね。
僕は今まで接待には同席したことなくて、ずっと大前さんが一人でやってくれてたんだ。
酒の席もひどいもんだって話は聞いてたんだけど、まさかあそこまでとは。
取引先の部長でさえなけりゃ……」
水野さんはこぶしを握り締めた。
それを見て、あたしは水野さんが舜を殴ったという話を思い出した。
水野さんが今度は本郷部長を殴ったりしたら、大変なことになっちゃう。
あたしは慌てて言った。
「いいんです、その気持ちだけで。
ママさんや大前さんにも助けてもらって、何とか部長さんの機嫌も直ったみたいだし」
あたしがそう言うと、水野さんは少し悲しそうにあたしを見つめた。


