「逃げないのですか?」
私は顔を上げた。
聞き覚えの無い声。
男の声。
私は眉をしかめた。
逃げる。
それは、命令なのだろうか?
「それは、命令ですか?」
すると、今度は男が首をかしげ、
困った様子で私を見た。
男の黒髪がさらりと揺れ、
その下の瞳が
見極めるかのように私を見つめている。
「あなたの主は、こいつでしょう?
こいつは消した。
もう、あなたは自由です」
「私にとって、
この方は確かに主に値する御方です。
けれど、彼だけが
主様であるわけではありません。
あなたは、私の主様ですか?」
そう、別に一人いなくなったからといって、
何かが変わるわけではない。
私が奴隷であると言うことは、
全く変わらない。
この男は、主を消した。
だが、彼が主ではないと、
どうして言い切れるだろう?

