心 ―ハジマリノウタ―





私の前を過ぎった影は、若い男だった。


黒い光沢のあるコートを首まで閉め、

またその下も、黒いズボンを穿く

と言う黒ずくめの男は、


まさにこの部屋の中では影。


その男は、私が主の前に

立ちはだかったのを見て、驚いたようだった。


が、すぐに視線を主に戻した。


一瞬の間に男は姿を消し、

私は首をかしげる。


私は何もできなかった。


主が憎くてしなかったわけではない。


けれど、どうやって、

何をするのかが分からなかった。


それだけ。


男を見失い、命令に背いた私は

自分の行動を謝ろうとした。


けれど、その束の間、

後ろから、何かが落ちる音が聞こえ、

どさりという音がした。


しかし、そこに主の姿はなかった。


目線を下に下ろす。


そこには首のない男が横たわっていた。


黒い、途方もなく黒い血が

濃紺のドレスを濡らしていた。


主様は、その水溜りをただ黒く、広げていた。


頭がベッドの影にでも飛んだのか、

シーツにも血がべっとりとはねていた。