「レナさん、さっきの話って本当ですか?」


村山サンを送り出してすぐのこと、グロスを塗り直すあたしに、先ほどヘルプについていた彼女は嬉々とした顔で聞いてきた。


鏡越しに一瞥してみれば、うふふ、なんて笑った顔が近付いて来るのだから。



「どの話?」


「ほら、弟が病気とかってヤツですよ!」


あぁ、あれね、とひとつため息を落とし、塗り終わったグロスをポーチへと戻し入れた。


確かにこの世界、親の借金のために、とか言う人も居るが、大半は作り話であることが多いのだ。



「あんなの嘘だよ、あたし弟なんて居ないし。」


「ははっ、だと思った!
村山サンとか騙されちゃって、笑っちゃいますよねぇ!」


「ホントにね。」


馬鹿馬鹿しい、と思うことしか出来なかった。


例えばこの世界、今話してる隣の彼女の本名ですらも知らないように、何が嘘で何が本当かなんて、自分以外の誰も知らないのだ。


嘘の上に嘘を塗り重ね、そんなあたしをネオンが照らす。



「じゃあ、お疲れ様。」


「はーい、お疲れ様でーす。」


話し終え、着替えを済ませてあたしは、ロッカーの扉をパタンと閉めた。


閉めて、そして挨拶をして更衣室を後にすれば、黒服のひとりが近付いてくる。



「レナさん、送りますよ。」


「良いよ、今日は歩きたい気分だし。」


「じゃあ、タクシー券出しましょうか?」


「だから、良いって。
そんなわけで、お疲れでーす。」


そう、あたしは手をヒラヒラとさせ、引き留めようとする黒服を適当にあしらって店を出た。


久しぶりに過去を思い出してしまい、もう馴染み過ぎたアルコールをひどく気持ち悪いものだと思ってしまったから。