港の籐ちゃんとはウチのじーちゃんの呼び名。


大工さんをやっていたんだけど、脳梗塞で2年前に倒れてから大工は引退したんだ。
そんで、大工は次男のおじさんが継いだの。

車は80才まで運転していたんだ。
ウチら家族の家を建てたのもじーちゃんだし。
ウチが幼稚園の頃、よくお弁当を持ってきて小学生になったら使う机を作ってくれたりもした。
お弁当に必ず入っている卵焼きを一つもらったんだ。
すごくおいしかったんだ。で、お昼食べ終わったら、後に仕事がなければ、近所の友達も混ぜて、遊んでくれた。

だから、家に帰ってじーちゃんに会うのが待ちきれなかった毎日だった。