呆然と立ち竦むあたしは、目の前の慶介の…足元を見つめる。

顔が見れない。



なんだかものすごく恥ずかしい!!

だって、あたしがキスしてってねだったようなものだし。



うわぁあ。 最悪…。



慶介は、手すりに手をかけたまま後ろを振り返って何かを言いかけた。




「…な…なんで…。 あ、今日のディナーって…この船のクルーズだったんですね」



そう言って「お邪魔してすみません」と言いながらこちらに近づいてくる人にあたしはようやく視線を移した。


本当にお邪魔でしたよ!
あなたが来なければ、あたし達は今頃……


って…


「え…ええぇええ!!?」

「こんばんは。 また会えましたね」



そう言って笑う人物。 あなたこそ、なんでこの船に? 




……アツシ君。




あたしは「なんでここに」と聞くよりも彼の服装を見てその言葉はどこかへ消えてしまった。


暗いから色はよくわからないけど、きっと黒。

体にフィットした真っ黒なタイに、真っ白なシャツ。
かっちりしたスラックスが彼のスリムな体によく似合っている。

首にはチーフをしていて、風にハタハタと揺れていた。



育ちの良い好青年。
どこぞのお坊ちゃま。


そんな印象を受ける。



短い髪は、海風に負けないくらいしっかりセットしてあり、その長い首を少しだけ傾けてあたし達を、眺めている。



「さ。 そろそろ下に戻って頂けませんか?」



そう言うと、彼は丁寧に右手で促した。

その爽やかな笑顔と、その紳士的な仕草に思わずドキっとしてしまう。


「…………そうだな。
他の人も戻ってるみたいだし。 俺たちも行こう」


黙ってアツシ君を見つめていたあたしの背中を優しく押して、慶介が歩き出した。




――― ? 




ふと慶介を見上げたあたしは、違和感を覚えた。

慶介の表情が、曇ってる。


なに?


一瞬、眉間にシワを寄せた慶介は、アツシ君の笑顔を捕らえていた。