「あんまり下見るなよ。 錯覚が起こる」

「錯覚?」

「高い所から下を覗くと、目眩みたいな感覚になるだろ? あれと同じ事が起きて海に落ちかねない。 それで誤って転落した人もいるんだ」

「…そ…そうなんだ…怖いね」



そう言って、さらに手すりから体を離したあたしはすぐに、慶介の胸に背中が当たった。



「葵は大丈夫。 俺が捕まえてるから」



えぇ!!?

その言葉に、あたしは思わず振り返った。
すぐに慶介と視線がぶつかる。
もう、息がかかりそうなくらい近くにある慶介の顔。

風に吹かれて、セットしてあった髪もくしゃくしゃになってる。
でも、それが逆に無邪気な笑顔を、魅力的に見せた。


胸がドキドキする。

もう、風の音と船の静かなエンジン音しか聞こえない。




さっきまであたし達を取り巻いていた、たくさんの乗客達はどこかへ行ってしまった。


きっと、耳につく風の音があたしと慶介だけを隔離してくれたんだ。





あたしは、慶介から目が逸らせない。

魔法にかかってしまったかのように、動けないんだ。





キス…


したいな。





笑っていた慶介も、まるであたしの心を読んだみたいにただ黙って見つめ返している。





ねぇ。



慶介……





キス してよ。