「法律って便利だなお巡りさん」


男は血液で染まった手首を赤い舌でチロリと舐めてから、重い腰を上げて裏を冷たいコンクリートの床に下ろした。


「俺も法律に乗っ取って殺せばよかったよ」

ヒタヒタと叩くような足取りで、浩介の耳に音が近付いたので彼は思わず顔をあげる。


しまった。と思った。


目があってしまえば言葉を返さなければいけない。


男の瞳は濁っていた。
混沌を色に表現するのならば、物で例えるならば、奴の眼球を持っていけばいいくらい。

その濁りはどこかで見た濁りだった。



「なぁお巡りさん。明日俺を殺すのはアンタなんだろう」


鉄格子が不愉快な音を立てる。

殺すのではない、罰するのだ。
法律に乗っ取り、一番苦しまない方法で、犯した罪の代償を罰で償うのだ。


「じゃあ明日アンタは現行犯逮捕だなぁ」


ヤニだらけの黄ばんだ歯を剥き出しにして、男は乾いた唇の端を吊り上げた。

それは、罪を犯したことに罪悪感がまるでないと、法廷で発言した時の表情。

浩介は奴から目を背ける事が出来きなかった。

持ったままだった鉛筆を離してしまい芯から床に落ちて先端が汚くひしゃげる。






「ほら、人なんて安いもんだろ。人を殺すなんて、大したことじゃない」




法律で守られる殺意は、正義なのだから。





fin