恐怖の為か、バスに乗ろうという人達も、我先にという思いが働き、押し合いのようになってしまっている。

いつもならスムーズに出来るはずの事が、このような状況下の為、何倍もの時間がかかってしまっていたのだ。

それは、自分だけは助かりたい、無事に家族の元へ帰りたいという、人の生への執着が生み出している状況だった。

「落ち着いて乗れ!大丈夫だ!列を乱すんじゃない!」

バスの入り口で、すでに乗り込んでいた60代前半ぐらいの男性が、バスに乗り込もうとする人々をうまく誘導していた。

切腹男の向かってくる方向から予測すると、奴が次に狙いを定めた人間は、杉崎と平井だ。
まさに、絶体絶命の状況であった。

(早く逃げろ!早く逃げなきゃ!本当に殺されちまうぞ。
ダメだ!体が言うことを聞かない!
絵理子……、俊輔……。)


「うわああああああああああああああ!」

切腹男が選んだのは平井だった。

平井の首筋にがっちりと噛み付き、首の肉をむさぼっている。

平井は苦しそうに、杉崎の腕をつかんだ。

(クソッ!平井さん……。次は、俺の番だ……。)