天使の林檎

 智は私が立ち聞きしたなんて気づいていなかった。
 だから友紀から聞いたと思っている。

 こんな人が私の彼氏だったんだ。
 自分の都合で事実を曲げ、嘘を並べて相手の気持ちを利用するようなズル賢いことをする人を・・・・・・。

 何だか、傷ついた私がすごく滑稽に感じる。

「・・・そうなんだ。でも、もうずっと前から別れたいって思ってたの。だから、別れよう?」

 嘘を言うなら私も嘘を言う。

 私が傷ついた分、傷つけばいいなんて思っているわけじゃない。
 でも、信実を言ったって余計にこじれるだけだ。

「桃・・・、何言ってんだよ」

 突然別れを切り出した私に、智の両目が大きく見開かれた。

「智とは告白されたから付き合っただけで、本当はあんまり好きって訳じゃなかったんだ。でも付き合っているうちに好きになれるかな?って思ってた。ちょうど友達と仲たがいしてたし、誰かに優しくして欲しかったから。でも、もういいの。私、自分がちゃんと好きになった人と恋愛がしたい。だからさよならしたいの」
「な、何勝手なこと言ってんだよ!」

 別れる理由に、真実の中に少し嘘を混ぜた私は、この時、正面からぶつかるのを避けた。
 本当のことを言えば、たぶん智はもっと酷い言葉を投げつけると予想出来たし。

 すごい形相で私を見てる智が目の前にいるのに、なぜか遠く感じる。

「智、今の自分の顔、鏡で見たら? 私を好きだから失いたくないって言うより、ただ振られたくないってプライドから言っているように見えるよ。全然悲しそうじゃない」
「・・・・・・」

 私の言葉に智がつまった。
 図星なのだ。

「智も、今度は本当に好きになった人と恋愛した方がいいよ」

 私の最後の言葉が決めてになったのだろう。
 智はそれっきり口を開こうとしなかった。

 私は自分の机からカバンを取る。

「一緒にいてくれてありがとう。それだけは感謝してる」

 それだけ言って、私から智に背中を向けた。