天使の林檎

 ガラリと教室のドアを開けて、人影があったことに気づいた。

 私はその人影を見て、信じられない気持ちでその人物を見つめてしまう。

「桃!」

 智が私に気づくと、笑って机の上から降りる。

 少し驚いてしまったけど、考えたらおかしいことじゃない。
 まだきちんと別れ話もしてないんだから。

 自然と表情が硬くなるのがわかる。

「何?」

 智から話し易いように聞いたのに、智はなぜか不思議そうにしている。

「何って? 帰ろうぜ」
「え?」

 いつものように普通に帰ろうと誘ってきた。
 そんな智の行動が理解出来ない。
 
 どう話せばいいかわからなくて混乱する。

「どうした桃?」

 訝しげな智の表情。
 あの時の話を聞いてなければ何も無かったように思える。

「・・・智は友紀が好きなんでしょう?」

 混乱していたせいか、ストレートに言葉がこぼれる。
 こんな時に上手い言い方なんて思いつかない。

 小さい声だったにも関わらず、それはちゃんと智に伝わったようで、いきなり笑顔が消えた。

「聞いたのか?」
「うん・・・」

 いくら盗み聞きだったって言っても、嘘なんてつけない。
 また胸が段々と痛む。

 それなのに智は・・・。

「友紀から聞いたことは嘘だから!」
「え?」
「あの女、桃が好きなんだってよ。レズだよ。レズ! すげぇ気持ち悪ぃよな。俺が桃の彼氏だから、別れさせようと嘘ばっか並べて、いい加減なことを桃に吹き込んだんだよ。あの女が何を言ったか知らねぇけどそんなの信じるなよ?」
「・・・・・・」

 智の言葉に、何も言う事が出来なかった。