姫は既に目覚め、己の運命を知ったことだろう。父と暁晏先生は、蛇殺し草のことを伝えなかった――それは、姫や章王、王妃に絶望を与えることになるからだ。今、姫はどのようなことを考えて生きているだろうか。生きることに希望を持っているだろうか。

 にわかに雨が降り出した。大きな木の下にいるので、雨滴は枝葉が受け止め、恵孝にはわずかにしか振りかからない。草の香りが立ちこめ、雨音が続く。荷から油紙を取り出して頭から被る。ゆっくりと息をする。気が落ち着き、頭の靄が晴れていく。嵐が静まる。
 秋の山は好きだ。真っ青な空に高い所にある雲、色鮮やかな木々、様々な果実。薬草も数多くある。夜空も澄み渡り、数多の虫の声を聞いた。冬支度を進める動物達の気配。祖父は露営のための火を起こしながら「有難いことじゃ」とよく言った。実りの季節を迎えることは、これまでの日々の積み重ねがあればこそ。次の季節の支度が出来ることは、そのときを生きる己がいると分かっているからこそ。「これまでと、これから。命が続いていくことを、最も深く感じるのは秋じゃな」と祖父はしみじみ口にした。十を過ぎたばかりの恵孝は、そんなものかと思いながら火にあたっていた。

 また幻に堕ちるかと懸念したが、どうやらそのまま眠りに落ちたらしい。目が覚めると雨は止み、日が昇っていた。
 気付け薬を飲みながらも、すっかり寝てしまった。薬が効きづらくなっている。

 第十の月、二十八日。北へ向かう。