清水が、会社で窮地に立たされていた頃――

銀邸の大きな邸の中に、珍しく紫馬が帰っていた。
丁度、大学が春休みを迎えたのだ。
父親が傍に居るのは幼子にとって喜ばしいことなのだろう。
都は、いつになくはしゃいだ毎日を送っていたのだが……

コンコン

静かに部屋がノックされた。
紫馬は吸いかけの煙草を口に銜えたまま

『はい』

と言ってみる。
手には読みかけの新聞があったが、そのままだ。

『失礼します』

入ってきたのはこの春中学生になる銀 大雅だった。
すっかり大人びた雰囲気を身に纏っているのは、年のせいだけではないだろう。

『どうしました、大雅くん』

紫馬は口許に微笑を携えて問う。

『都さんが怒ってるんですけど』

と。やや疲れた様子で大雅が言う。

『知ってるよ。
でも、彼女ももう小学生だろう?
字だって読めるはずなのに。俺に向かってなんていったと思う?』

『さぁ?』

『パパ、昨日も新聞読んでたんだから、もういいじゃない……って。
新聞は昨日と今日じゃ別物なのにねぇ。
大人びて見えても、まだまだ子供だねぇ』

よほど面白かったのだろう。
にこりと笑いながら、紫馬が言う。