そう言って入って行くと、ジルは、カウンターで何やら言って、キーと、1枚のチケットのようなものを手に、わたしの方へ戻って来た。そして、敷地内を奥までずっと歩いて行くと、オープンエアのカフェが現れた。そこでは、宿泊客らしき人達が、朝食をとっているところだった。ウエイターに案内されて、わたしたちは、海岸側のテラス席に座った。陽射しが、さっきとは比べ物にならないぐらい強くなっている。
 ジルは、ウエイターに朝食のオーダーをして、注がれたコーヒーを一口飲むと、眉をしかめた。
「相変わらず、苦いな」
 そう言いながら、優雅な仕草で、カップを置いた。
 わたしも一口飲んで、肩をすくめる。同感だった。ちょっと、焦げ過ぎたような香りもしている。自分のホテルで飲むコーヒーも、苦味が強い方だけれど、これほどではない。
 程なくして、アメリカンブレックファストが運ばれて来た。
「さぁ、食べよう」
 ジルは、ニッと笑いながらそう言って、フォークとナイフを手にした。
 わたし達は、溢れんばかりの朝日に包まれながら、これ以上無いぐらい、穏やかな時間を過ごした。何だか、不思議な時間だった。目の前に広がる穏やかな海のように、心が凪いで、柔らかな波が、寄せては返している。昨夜の、苦しくて尖った気持ちが嘘のようだった。