昨夜、あんな風に別れたのに、今は、こうして目の前に居て、そして、わたしに手を貸してくれた。目を覚ましたのに、まだ夢の中に居るかのようだった。
 ジルと、向かい合うように座ったものの、何だか、気まずくて、目を合わせることができない。二人とも黙ったまま、しばらく、時間が過ぎた。その間にも、どんどん日が昇り、辺りは、すっかり明るくなっている。柔らかくて、優しい風が、わたし達の間を吹き抜けて行く。わたしは、膝の上に置いたウインドブレーカーを指で玩びながら、じっと下を見ていた。
「……昨晩から、ずっとここに?」
 ジルは、静かにそう訊いた。
「……そうよ」
「彼は? あの後、どうしたんだ?」
「わたし……咄嗟に逃げ出して、ここへ来て、そのまま、寝ちゃったみたいなの」
 昨夜あったことを、大幅に省略してそう言った。
「……そうか」
 ジルは、ホッとしたようにそう言うと、唐突に、立ち上がった。
「朝食でも、どう?」

 わたし達は、トゥクトゥクでバングラ通りへ向かった。
 けれど、朝からやっている店なんて、無さそうだ。殆どの店が、シャッターを下ろして、椅子を積み上げ、やっと店じまいをしたところ、といった雰囲気。歩いている人もまばらで、スーパーマーケットも、まだやっていない。この時間開いているのは、セブンイレブンぐらいだ。
 一体、どこで朝ご飯をとるのか不安になって、思わず、ジルを見上げた。
「……どこへ行くの?」
 ジルは、ニヤッと笑っただけで、答えない。トゥクトゥクを降りてから、ジルは、目的地が決まっているのか、わたしを促して、どんどん足早に歩いて行く。
 そして、ホテルのエントランスのようなところに、辿り着いた。
「ここ。僕が滞在してる、ホテルだよ」