ーー夜明け前、ジルは独り、夜の空気をまだ残す海岸を、ひたすら歩いていた。
 
 昨夜、ジルは、あれからずっと海岸を歩いて、バングラ通りまで向かった。
 そういう夜に限って、大量発生している夜光虫の波を横目に見ながら。
 そして、そこからすぐの自分のホテルへ真っすぐ帰ると、シャワーを浴び、何もせずそのまま、ベッドに倒れ込んだのだった。けれど、ただそうしたまでは良かったが、目を閉じても、寝返りを打っても、どうしても眠れないのだった。
 仕方なく起き上がって、その21階にある部屋の特大の窓から、遥か下に広がる海を見下ろした。
 いつも、こうして夜の海の光景を見詰めているとそうなるのだけれど、急に脚の力が抜けたようになって、自然に、窓枠に腰を下ろすのだった。部屋の灯りで反射した自分の姿の向こう側に広がる、暗夜の空気を見詰めながら、静まり返った孤独な空間を、じわじわと肌に感じるのだった。
 今頃……、と、考えそうになって、ジルは、急いでその考えを掻き消した。
 やめよう。考えても、何も変わらないのだから。
 とはいえ、あの男のことは、引っかかっていた。
 あんなガサツそうなヤツが、ウイコの男だったなんて。しかも、僕の存在を意識的に無視していた。おまえなど問題外だ、とでもいうように。普通、自分のカノジョが(海外で)他の男と(しかも手をつないで)夜に出歩いていたら、心配になるのではないだろうか。どんな相手であれ、どういう関係なのか、と勘ぐりたくなるのではないだろうか。……それとも、明らかに、僕はウイコのシュミではないタイプなのだろうか。もしくはーーあいつは、自分にしか関心のない、ナルシシストなのか。