「カウチャイマイカ?(分かる?)」
「!?……マ、マイカウチャイ……(分かりません)」
 さっきから、カウチャイマイカ? を連発されているような気がする。
 けれど、何を言っているのか、さっぱり分からない。
 あのマッサージ店に来てみたものの、店の人が、タイ語しか話せないようで、さっきから、コミュニケーションに苦労しているのだ。しまった。こういう事態を、想像していなかったのだ。せめて、英語はできるだろうと、思い込んでいたのだ。まるで警察の聞き込みのように、彼の写真でも持っていたら、話はもっと早いはずなのに。現実はそんなもの持ってるはずもなくて、わたしは、言葉の分厚い壁を前に、屈するしかなかった。
 マッサージ店を出て、再び、とぼとぼと、あてもなく歩き始めた。
 この街は、普通、だ、と思った。デパートがあったり、レンタルビデオ屋があったり。ごくごく普通の商店街。パトンのような妖婉さは、余り感じられない。逆に、その普通さが、少し寂しいぐらいだった。急激に、日本が恋しくなってくる。
 寂しくて寂しくて、心がつぶれそうな気持ちになってきてしまった。
 何だかとてもみじめで、もう、どうにでもなれ、という投げやりな気持ちに、呑み込まれそう。
 歩いているうちに、大きなロータリーのような場所に出て、わたしは、ちょっとした石段を見つけると、腰かけた。
 夜中だというのに、交通量は衰えない。わたしは、行き交うバイクやトゥクトゥクたちを眺めた。そして、ライトアップされた、映画の看板や、フィルムメーカーの看板をも。
 ぼーっとそれらを見詰めているうちに、ドッと、疲れが体中に押し寄せてきた。
 足は、鉛のように重く、お尻なんて、持ち上がりそうにない。そして、悪い事に、空腹のせいか、少し目眩までしてきた。しばらく、ここで休んだ方が良さそうだった。
 どうしたらいいのだろう……?
 そんな問いかけが、自分自身を痛めつける。