「ーー帰る」
 彼がものを言わないうちに、わたしはそう言い切って、すっくと立ち上がった。
 一瞬、クラッと目眩がして倒れそうになったけれど、それを助けようと、彼が差し伸べた手をも振り払って、わたしは、仕切りカーテンをガバッと開けて、スタスタとドアへ向かうと、さっさと外へ出た。すると、そこには、もうガイが待って居て、思いもがけずわたしが早く出てきたので、驚いたような顔をしていた。
「……早いですね」
 わたしは、ぎこちなくニコっと笑って見せると、肩をすくめた。と、そこに、追いかけてきた彼が来て、ガイと顔を合わせ、お互い気まずそうにする。
「これ、着替え……」
 彼は、手にわたしの着替えの入ったカゴを持っていた。
 はっ、と自分の姿を見下ろすと、ブカブカのマッサージ用のパジャマ姿。思わず赤面してそれを引ったくるように受け取ると、急いで、トイレへと向かった。

「彼、マッサージ師だったんですね」
 ガイが、信号待ちのときに、ぽつりと言った。
 うん、と頷いたきり、何も言えないわたし。マッサージを受けた後の、お決まりの倦怠感のせい。
 ……というか、それよりも、彼と喧嘩のようなことになってしまったことが、無性に悲しかったのだった。どうして、あんなに怒ってしまったのだろう。大したことではないはずなのに。彼がどんな場所でどんな風に遊ぼうと、わたしには関係ないはず。それに、あの場で互いの存在を知っていたのだから、その後のことを心配するような口をきくのは、社交辞令だってあるのだ。
 なのに……。
 頭痛がし始める。突然色んな事が起こって、色々と、考え過ぎたせいだ。わたしは、振り落とされないように、ガイの腰に必死でつかまりながら、いつの間にか、その体温を、あの彼の手の体温と重ね合わせていた。もちろん、そうすればするほど、胸の痛みは強くなるばかりだというのに。
 ホテルに到着して、ガイからの夕飯の誘いも、胃が、きゅうっと絞られているかのように苦しくて、受ける気にもなれず、断ってしまった。