遠のき始めていた、昨日の出来事が、生々しく、脳裏に甦ってくる。わたしは、十分意識していながら、なんのこと? とでもいうように、目を閉じたまま、ん、と短い返事をした。ちょっと、眉間に皺が寄ってしまったかもしれない。
 ちょうど、全身のマッサージが終わって、彼は、最初に言っていた、パウダーの入ったカゴを、引き寄せた。そして、まだうっとりとして、夢の中に半分居るわたしの目の前に、それを置いた。わたしは、そういえば、まだどのパウダーにするのか決めていなかったことに気が付いた。確か、ジャスミン、ラベンダー、ベビーパウダー、シダーウッド、だったっけ。ラベンダー、はありきたりだから、ジャスミンにしようかな……
「……ちゃんと帰れたのか?」
「ジャスミンの……」
 わたし達は、そう同時に言って、互いに驚いて、顔を見合わせた。
 わたしの頭の中に、まるで漫画のように、『カチーン』という音が響き渡る。
「……それ、どういう、意味?」
 何だか、頭が混乱しそう。昨夜、先に帰ったのは、彼の方でしょ? それに、一緒に食事していたわけでもないんだし、別に心配してもらう筋合いも、ない。なのになぜ、そんなことを言うの? 心配なんてしてなかったくせに、さも、もっともそうに言わないで。
「昨日、夜、あのバーに居ただろ」
「居たわ。あなたもね」
 つい、攻撃口調になってしまう。
 彼は、ムッとしたように眉をひそめ、そして、何か言おうと口を開きかけた。
 その瞬間、わたしの頭の中がショートしたかのように、脳裏に閃光が迸る。そして、カッと頬に血が上った。ほんの1、2秒の間に、彼が昨夜美女達に囲まれていた図と、そのうちの一人と帰って行った場面、が幾度も胸の中に浮かんで、ムカムカしてきた。