初めは、彼の手が身体に触れていることに戸惑ってしまっていたけれど、段々、そういう感覚が麻痺してきたのか、次第に、気持ちの良さだけが脳を占領していく。そうなると、ゲンキンなもので、あんなに意識していた彼の手が、今や魔法の力を帯びているようにも思えてくるのだった。その温かな手の温度も、繊細な指も、力強いタッチも。すっかりリラックスして、彼に身を委ねていると、彼もそれを感じ取ったように、微笑んだ。
「伝統タイマッサージはね、こうしてゆっくり、マッサージをすることによって、する方もされる方も、癒されるマッサージなんだよ」
 そう言いながら、彼は、わたしの腰を持って捻ると、下方向へぐっと力を入れる。
 グキッ。また鳴った。正面に戻して、そして、反対に捻って、再びグキッ。
 わたしは、思わず吹き出してしまう。彼も、クスクス笑った。
 一気に、この場の空気が緩む。ああ、もうどのぐらい時間が経ってしまったのだろう。最初からこんな風だったら、もっと良かったのに……。そんなわたしの心を読んだのか、彼は、チラと時計に目を走らせた。
 けれど、残酷なほど、時間は刻々と過ぎて行く。彼も、続いて、腕のマッサージを始める。
 脚と同じように、ほぐすようにマッサージして、ツボをぎゅっと指圧して、そして、血管を圧迫して血流のコントロール。で、関節という関節を、ボキボキっと鳴らす。指も全部鳴らしていくのだ。気持ちいい。あまりの気持ち良さに、溜め息が漏れそうだった。
 とそのとき、ノックもなしに、突然ドアが開いて、彼も手を止める。
 スタッフの女性が入ってきて、何か彼にタイ語で話しかけた。彼が頷いて返事をすると、その女性は、客らしい男性を連れて入ってきた。どうやら、もう片方のマットレスを使うらしい。