ここの店の怪しい雰囲気と、耳をつんざくような音楽と、まるで、胸底から強く叩かれるような重いビートと、そして、あの彼の登場のせいで、わたしは、すっかり、気分が悪くなってしまっていた。夕飯時に飲んだワイン1杯と、さっきのピニャコラーダが、こんなに酔わせたとは思えない。
 ヨロヨロしながら、壁伝いに、やっとのことでレストルームに辿り着いた。
 女性の方の扉を開けて、目の前の個室に入る。そこで一人になって、やっと、ホッと息をついた。蒸し暑さのせいで、頭の中がすっきり、とまではいかなかったけれど、吐き気を抑えることができた。ハンカチで汗を拭きながら、それを団扇のようにパタパタとさせて、涼しくならないものかと試みる。けれど殆ど効果はなく、余計に暑さがつのるばかりだった。
 ジジッ、と、頭上の蛍光灯が音を立てて、灯りが、パカパカと不安定になる。ふと、耳に、ぶぅんぶぅんという、蠅の羽音が聞こえてきた。急に、今居るところも、決して心落ち着く場所ではないのだと思い知らされたような気がした。
 わたしは、諦めて、もう一度ハンカチで汗を押さえると、扉を出て、自分の席へ戻ることにした。
 どの辺だったっけ。来るときは、とにかく息をつきたいと思って必死だったから、場所を覚えるだなんてしようと思わなかった。ぐるりと見回すと、テーブル2つで、大きくスペースをとった席があった。きっと、そこがわたし達だ。
 行きよりも確りとした足取りで、そっちへ向かいかけて、思わず、わたしは足を止めてしまった。
 そのテーブルの斜め前は、さっきまで、あの彼が、丸いテーブルを一人で占領していたはずだった。それが今は、彼が女の子3人に囲まれて座っている。そのテーブルの上は、いつの間にか、飲み物と食べ物で溢れ返っていた。