「……美味しい」
 ボソッと、そう呟いた。決して飲めるクチではないのだけど、つい、飲んでしまった。よく冷えていることもあって、普通の炭酸飲料と同じような感覚で飲み進めて、あっという間に、1缶空っぽ。そんなわたしを、彼は、缶を持ったまま、じぃっと見詰めている。わたしは、そんな彼に気付かないふりをして、空の缶をテーブルに置くと、もう1缶を手に取って、プルタブを起こした。
 寄せては返す、大きくなっては小さくなる、そんな波の音が、気持ちよかった。頭の中も、ふわふわとしていて、現実感も、波の音に合わせて、近くなったり遠くなったりしている。急激に、普段は飲まない量を飲んでしまったから、こんなにすぐに、酔っぱらってしまったのだろう。意識の端っこではそう分かっていながら、わたしは、ふわふわとしたその感覚を、楽しんでいた。雨が降っていようが、裸足で砂浜へ躍り出てしまいたいほど、気分が良くなってきた。何でもないのに、普通に座っているだけで、口元が緩んできてしまう。しかも、胸に浮かぶ様々なことが、どんなことも、すべて、ポジティブに思えるのだった。
「はぁ……最高」
 ため息混じりにそう言って、わたしは、また一口飲んだ。
 コン、と、彼が缶をテーブルに置く音が聞こえた。ふと見ると、まだ1缶も飲み干していないようだった。
「こんなに美味しいのに、飲まないの?」
 そう言って、わたしは、また一口飲む。
 彼は、口元をきゅっと結んで、じっとわたしを見た。そして、黙って、再び缶を手にすると、ゴクゴク、と飲む。そして、あっという間にそれを空にすると、そのまま、それを手で玩んでいた。目は、真っすぐ前の方を見ている。海を見ているようだった。彼は、酔っぱらっているようには見えない。